現地法人を任されたものの、何から手をつければいいのか分からない。現地スタッフに任せきれない。数字は出しているのに現場が動かない。あるいは、会社がこの先どうなるのか落ち着かない。
中国の現場で20年やってきて思うのは、これらは別々の悩みではなく、その拠点が「いまどの時期にいるか」で出てくる順番が決まっている、ということでした。
上海歴20年、ずっと現地法人のマネジメント側にいます。営業が本業でしたが、海外の拠点では何でもやることになるので、製造も管理も見てきました。自分の作業時間は6年ぶん、お客さまごとのシェアは20年ぶん、数字で追いかけています。
この記事では、その経験を4つのフェーズに分けて順にたどります。

フェーズが分かると、やることが決まるんですよね。逆に、いま効かない打ち手に力を入れ続けてしまうことも減ります🐼
① 結論|中国ビジネスの実務は、4つのフェーズでつながっています
中国で現地法人に関わる仕事は、一点だけを切り取ってもうまく説明できません。その拠点が「いまどの時期にいるか」で、同じ打ち手の意味が変わってしまうからです。
①-1 20年を並べたら、4つのフェーズが1本の線になりました
上海歴20年のあいだ、私はずっと現地法人のマネジメント側にいました。毎年その年に何をやったかを書き残していたのですが、20年ぶんを並べ直したときに、ようやく形が見えました。
進出・立ち上げ、運営、見直し・縮小、撤退・清算。この4つです。
面白かったのは、これが別々の話ではなく、順番につながっていたことでした。しかも、フェーズが変わると効く打ち手も変わります。運営期にいちばん効いた方法は、縮小期にはそのままでは効きませんでした。
つまり、自分がいまどのフェーズにいるかが分かれば、次に何をすればいいかが、かなり絞り込めます。
①-2 先にお断りします|立ち上げたのは、私ではありません
ここで、正直に書いておきたいことがあります。
私は、会社を設立したり工場を建てたりした側の人間ではありません。以前いた別の拠点でも、着任したのは立ち上がってから2年ほど経ったあとでした。許認可の取得も、出資の形を決める話も担当していません。
ですのでこの記事は、これから中国へ進出する人向けの手引きではありません。 すでに動いている拠点を受け継ぎ、そこから20年回してきた人間の記録です。
ただ、これは弱点ではないとも思っています。駐在で送り出される方の多くは、すでに誰かが立ち上げた拠点に、あとから入る側ではないでしょうか。だとすれば、立場は同じです。

格好をつけるなら黙っておく手もあるんですが、事実なので先にお伝えしますね🐼
①-3 立ち上がって間もない拠点と、長く回っている拠点は別物でした
とはいえ私は、「立ち上がって間もない拠点」と「20年回っている拠点」の両方を見てきました。この2つは、同じ現地法人という言葉でくくれないくらい別物です。
間もない拠点には、ルールがありません。 人も定着していません。お客さんも少なく、何より何を数えればいいのかが決まっていません。
だから当時いちばん時間を使ったのは、やり方を文章にしてルール化する体制づくり——標準書をつくることでした。お客さんが少ないぶん、メインのお客さまへ安定して供給することを最優先にしていました。
ところが20年後、同じ標準書が、まったく違う役割で出てきます。
| 立ち上がって間もない拠点 | 長く回っている拠点 | |
|---|---|---|
| 標準書 | つくる(無いものを立てる) | 渡す(人に移して自分の時間を空ける) |
| お客さん | メイン1社への安定供給が最優先 | 何社ものシェアを年単位で追う |
| 数字 | 何を数えるかが決まっていない | 作業時間も不良率もシェアも毎月ついてくる |
道具は同じでも、使う目的のほうが変わっていきます。
なお、間もない拠点にいたころの数字は残っていません。当時は記録を取っていなかったからです。この記事で数字が出てくるのは、運営期からになります。
①-4 信頼は、肩書きでは来ませんでした|この記事で書くこと
受け継ぐ側として入ったとき、つまずいたことが2つあります。ひとつは言葉。もうひとつは、まだ経験の浅いうちに海外へ出たのに、日本人だというだけで責任のあるポストに就いてしまうことでした。
肩書きは付きます。ただ、現地のスタッフがそれでついてきてくれるかは、まったく別の話でした。信頼してもらうには実力が要る。だから、それぞれの分野を勉強せざるを得ませんでした。
この経験が、そのあと20年の土台になっています。お願いしただけでは、人は動きません。 動いてもらうには、相手にとって得になる状況をつくるしかない——この一点が、これから書く4つのフェーズすべてを貫いています。
この記事では4つのフェーズを順にたどり、運営期は数字で追っていた5つの柱(人/数字/顧客/現場/危機)に分けて書きます。生活面の全体像は上海駐在 完全ガイドにまとめてあります。
この章のまとめ
・4つのフェーズはつながっていて、フェーズが変われば効く打ち手も変わる
・立ち上げをやったのは私ではありません(この記事は受け継いだ側の記録です)
・間もない拠点は「ルールも数字も無い」。だからつくる側に時間を使う
・お願いだけでは人は動かない——この一点が、以降のすべてに効いてきます
② 運営期①|人を動かす|渡しただけでは、最後の2割が残りました
運営期に入って最初にぶつかるのが、「自分の時間が無い」という問題です。予定表は埋まっているのに、やるべき仕事に手がつかない。ここを解かないと、次の柱に進めません。
②-1 忙しさの正体は、毎月戻ってくる同じ作業でした
原因を突き止めるために、まず自分が何にどれだけ時間を使っているかを数えました。
いちばん大きかったのは、見積の作成をはじめとするルーティンの事務処理で、年に100時間でした。1件あたりは30分ほどの作業です。ただ、それが毎月戻ってきます。年100時間は、働く日にすると12日分を超えます。
忙しさの正体は、大きな案件ではありませんでした。毎月かならず戻ってくる、小さな作業のほうだったわけです。
そしてこれは、数えるまで分かりませんでした。感覚では「なんとなく忙しい」としか捉えられていませんでしたので、最初にやるべきは数えることだった、といまは思います。
②-2 3ヶ月続いた作業を、標準書をつけて渡す
渡す対象を決めるルールは、シンプルにしました。
毎月のルーティン作業が3ヶ月続いたら、渡す対象にする。
3回も続けば、やり方はもう落ち着いています。落ち着いた作業は文章にできますし、文章にできるものは人に渡せます。逆に、やり方が固まる前に渡してしまうと「この場合はどうしますか」が毎回返ってきて、自分の時間はかえって増えてしまいました。
渡すときは、作業標準書をつけました。相手がやりやすい状態をつくってから渡す、ということです。正直に言うと、この標準書づくりはかなりしんどい作業で、つくっているあいだは自分の残業がむしろ増えます。それでもここを飛ばすと、結局あとで自分に返ってきました。
ここまでやると、ルーティンの事務処理はだいたい8割減りました。
②-3 残った2割は「合っていなければ提出できない形」にして消えました
ただ、8割で止まりました。残りの2割が、しぶとく残ったのです。
上がってきたものを確認すると、どこかが合っていない。どこが違うのかを私が探すことになり、渡す前より時間がかかる回すらありました。渡したはずなのに、自分の仕事が残り続けている状態です。
原因は、「何が合っていれば完了なのか」を決めていなかったことでした。そこで、照合する場所を紙で決めて、そこが合っていないものは私のところへ上げられない形に変えました。私がやるのは「照合が済んでいるか」を見るだけです。中身を最初から追う必要がないので、確認は数分で終わります。
この2段階を、性質のちがう3種類の作業に当てはめました。ルーティンの事務処理は年100時間から40時間を経てほぼゼロへ(引き継ぎ完了まで3年かかっています)。見積の合計を確かめる数字の照合は年50時間から25時間、そしてゼロへ(途中で12.5時間という目標を置いていましたが、そこは通り越しました)。外注の振り分けは年100時間から90、45、22.5と下がって、いまは10時間です(ゼロが目標で、ここまで6年かけています)。
面白いのは、同じやり方でも効きはじめるまでの時間が作業ごとに違ったことです。外注の振り分けは、最初の1年で1割しか減っていません。判断の要素が多く、紙に落とすのに時間がかかったからだと考えています。1年目の時点で「この方法は合っていない」と判断していたら、やめてしまっていたと思います。
空いた時間の行き先も、渡す前に決めていました。1日の顧客訪問は1〜2社から2〜3社に増え(3〜4社が目標です)、毎日やっていた朝会を週1回にしたことで、週4時間を営業に回せるようになりました。
渡し方の具体的な手順は現地スタッフに渡すのは作業ではなく結果|年100時間をゼロにした4ステップに書いていますので、実際にやってみる段階の方はそちらをご覧ください。
この章のまとめ
・忙しさの正体は、大きな案件ではなく毎月戻ってくる小さな作業だった
・3ヶ月続いた作業を、標準書をつけて渡す(ここで8割減る)
・残る2割は「合っていなければ提出できない形」にして消える
・同じやり方でも、効きはじめるまでの時間は作業によって違う
・空いた時間の行き先は、渡す前に決めておく
③ 運営期②|数字で回す|数字は「作る」より、どこまで含めるかでした
前の章で自分の時間は空きました。ただ、渡した先で何が起きているかは、また別の問題です。ここから先は「見えるようにする」話になります。
③-1 渡したあとに残るのは、「見えていない」という問題でした
工場の数字そのものは、当時からありました。不良の件数も、納期を守れたかどうかも、集計はされていたのです。
それでも、現場は動きませんでした。
いま振り返ると、変えるべきだったのは数字そのものではなく、その数字を「どこまで含めて」「誰ごとに」出すかのほうだったと考えています。全体をならした1つの数字は、読んだ人が自分の話だと思えません。悪くなっても、自分のせいだと感じる人がいないわけです。
つまり、数字を新しくつくる必要はありませんでした。すでにある数字の、線の引き方を変えるだけでした。
ここは、渡す話(前の章)とセットで考えたほうがいいところです。仕事を人に渡すと、自分の手元からは見えなくなります。見えなくなったものを、数字の側から見えるようにしておかないと、渡したあとで「思っていたのと違う」が起きます。
③-2 数える範囲を一段広げたら、不良率が下がりました
具体的に何を変えたか。ひとつ目は、数える対象を広げたことです。
それまで不良として数えていたのは、「作り直しが必要になったもの」だけでした。ところが実際の現場では、そこまでいかない不良も出ています。手直しで直せたもの。それから、特別採用——規格から外れてはいるものの、お客さまに事情を説明して承認をもらい、そのまま使っていただくもの——です。
これらは、それまで数字に入っていませんでした。作り直しになっていない以上、問題として見えていなかったわけです。
そこで、手直しで直せた不良も、特別採用になった不良も、全部含めて数えることにしました。そのうえで、外注先ごとに、毎月出しました。
結果として、不良率は2%から0.5%まで下がりました。
数字が良くなったのではありません。それまで見えていなかった不良まで数え始めたのに、それでも下がった、というのがこの数字の意味です。
③-3 数字は、相手の得になる形にすると動きました
では、なぜ下がったのでしょうか。
正直に書くと、私は指示を強めていません。「品質を上げてください」と言う回数を増やしたわけでもありません。変えたのは、数字を外注先ごとに分けて、毎月公開したことだけです。
そのあとに起きたのは、外注先どうしがお互いを意識し始めるという状態でした。自分のところの数字が、他と並べて見られる。そうなると、こちらが何か言う前に動きます。これが下がった理由だと考えています(現場を離れて振り返っての見立てなので、断定はできません)。
同じことは、納期でも起きました。「納期の意識を高めてください」と言い続けても、状況は変わりませんでした。ところが、納期を守れた割合を外注先ごとに毎月数字にしたとたん、話が変わります。お願いではなく、事実の確認になるからです。
前の章の最後に書いたことが、ここでそのまま出てきます。お願いだけでは、人は動きません。 動いてもらうには、相手にとって得になる——あるいは、動かないと損になる——状況をつくるほうが早い、ということでした。
そしてもうひとつ、忘れていたら効かなかったのが、数字を見せる「場」を先に決めておくことでした。
出しただけの数字は、たいてい読まれません。朝会では全部門が同じ数字を見て、対策をその場で決めるようにしました。月に1回は、社内と外注先で品質・納期・技術の話をする定例を持ちました。いつ・誰の前で出るかが決まっている数字は、出す側も見る側も扱いが変わります。
見える化の具体的なやり方は中国工場の見える化|不良率2%を0.5%にした3つのやり方に書いていますので、実際に手を動かす段階の方はそちらをご覧ください。
この章のまとめ
・数字は新しくつくらなくてよい。線の引き方(どこまで含めるか・誰ごとに出すか)を変える
・数える対象を「作り直し」から「手直し・特別採用」まで広げた
・外注先ごとに毎月出したら、不良率は2%から0.5%になった
・お願いではなく、相手の得になる形にすると動く
・数字を見せる「場」(朝会・月1回の定例)を先に決めておく
④ 運営期③|顧客を守る|シェアは毎年ちがう理由で動きました
ここまでは社内の話でした。ここからは社外——お客さまの側をどう見ていたか、という話になります。
④-1 顧客ごとのシェアを、20年ぶん追いかけていました
数えていたのは、主要なお客さまごとに、そのお客さまが買っている量のうち自社がどれくらいを占めているか、という割合です。これを駐在のほぼ全期間にわたって追いかけていました。
この章は、最初の章で書いた話の続きでもあります。立ち上がって間もない拠点では、お客さまが少ないので「メインの1社へ安定して供給する」ことが最優先でした。ところが拠点が回りはじめると、相手は1社ではなくなります。守る対象が「1社」から「何社ものシェア」に変わるわけです。数え方を持っていないと、ここで手が回らなくなります。
ただ、この数字には面倒なところがあります。社内には無い数字なのです。自社の売上は分かっても、お客さまが他社からいくら買っているかは分かりません。教えてもらうしかない、ということになります。
だから、これは数字の話であると同時に、関係の話でもありました。こちらが直接は聞きにくいことも、現地のスタッフが相手の担当者から聞いてきてくれる。そういう関係ができていないと、そもそも数えられません。
④-2 動く理由は毎年ちがい、自分のせいで動いた年はほとんどありませんでした
並べ直してみて、いちばん意外だったのはここです。
シェアは上がった年も下がった年もあります。ところが、動いた理由が毎年ちがいました。 地場の競合があらわれた年、お客さまが「2社から買う」方針に変えた年、外の出来事で売る場所そのものを失った年、競合が抜けて何もしていないのに上がった年——といった具合です。
そして、そのどれも自社の努力不足で落ちた年ではありませんでした。 これは楽な話ではなくて、「去年うまくいった対策が、今年も効くとは限らない」という意味になります。
もうひとつ、シェアと売上は同じ方向に動きません。 シェアが落ちたのに新しい品番が量産に入って売上が増えた年もあれば、シェアが上がったのにお客さまの生産量が減って売上が落ちた年もありました。ですので、割合と金額は別々の線で持っておく必要があります。片方だけ見ていると、状況を読み違えます。
④-3 守り方は「値下げ」ではありませんでした
シェアが落ちそうなとき、値段を下げれば守れるのではないか、と思われるかもしれません。ただ、理由のない値下げは一度やると戻せませんし、その場しのぎにしかなりませんでした。
代わりにやっていたのは、次の3つです。
・言われる前に、こちらからコスト削減の提案を出す
「下げてほしい」と言われてから動くと、条件は相手が決めます
・再来年ぶんの目標を、先に用意してプールしておく
毎年ぜんぶ出し切ってしまうと、翌年に出すものが無くなります
・自社の改善だけでは限界があるので、お客さまにも動いてもらう
図面の要求を緩めてもらう、発注をまとめてもらう、といった相談をします
3つ目が、いちばん言いにくくて、いちばん効きました。自社の中だけで削れる分には限りがあります。「ここまでの精度は本当に必要ですか」と確認して、必要でないと分かった部分を外していただく。これは、こちらが一方的に損をかぶらずに価格を守る方法でもありました。
ここで大事なのは、これが「値上げできないから仕方なく」やっていたことではない、という点です。手は複数あって、そのなかから選んでやっていました。選べる手が残っているうちは、こういう守り方ができます。 ——このことは、あとの「見直し・縮小」の章でもう一度出てきます。
シェアが動く4つのパターンと、それぞれへの対応は顧客シェアは毎年ちがう理由で動く|20年追ってわかった4つのパターンに書いています。
この章のまとめ
・顧客ごとのシェアを20年、ほぼ全期間追いかけていた
・社内に無い数字なので、教えてもらえる関係がないと数えられない
・動く理由は毎年ちがい、自社の努力不足で落ちた年はほとんど無かった
・シェアと売上は連動しない。割合と金額は別の線で持つ
・守り方は値下げではなく、先回りの提案・翌々年ぶんのプール・お客さまにも動いてもらうこと
⑤ 運営期④⑤|現場を回す・危機に対応する|自分で握れる範囲には限りがありました
ここまでの3つの柱——人、数字、顧客——は、やり方を変えれば結果も変わるものでした。ところが残る2つは、少し性質が違います。自分たちの努力では決まらない部分が、かなり大きいのです。
⑤-1 現地調達が進むか止まるかを決めていたのは、日本側でした
日本から輸入していたものを、中国国内で調達・製造するように切り替える動きがあります。現地調達(現調化)と呼んでいました。
一般には「中国のほうが安いから進む」「品質が上がったから進む」と説明されます。ただ、現場で見ていた実感は少し違いました。動かしていたのは、次の3つです。
・日本側の値上げ … 日本から買っているものが高くなった瞬間に、現地調達が一気に進みます
・日本側の生産の落ち込み … お客さまの日本側の生産が大きく減ると、その空いた分を埋めるために注文が日本へ戻ります
・現地の外注先の納期 … 安く出せても、納期を守れない外注先は結局使えません
1つ目と2つ目で分かるとおり、進めるスイッチも、止めるスイッチも日本側にありました。 こちらの価格が有利でも、納期が有利でも、日本側の事情が変われば止まります。
これは、けっこう大事なところだと思っています。止まったときに「自分たちのやり方が悪かったのか」と考え込んでしまうと、直しようのないものを直そうとすることになるからです。止まった理由が3つのうちのどれなのかを、先に切り分けたほうが早い、ということでした。
そして、こちらで握れるのは3つ目——外注先の納期だけでした。安いという理由だけで外に出して、納期が守れず、お客さまの生産に影響が出てしまったことがあります。結局、全量を引き戻しました。安さは価格表に出ますが、納期は価格表に出てこないコストだった、という話です。
引き戻した先は、内製と、それまで使っていた外注先の両方でした。ただし、内製に取り込むということは、今度はその段取りを自分たちで作るという意味でもあります。納期の管理も、加工の計画も、それまで外注先がやっていた部分が丸ごとこちらに移ってきます。
そしてここで、標準書が3つ目の顔で出てきました。 立ち上げの時期は「無いものをつくる」ため、運営期は「人に渡す」ため。そして新しく受ける仕事では、作り始める前に外注先と話を合わせておくためです。初めて作るものほど不良が出やすいので、受注の時点で技術的な注意点をすり合わせておく形にしました。同じ道具が、フェーズごとに役割を変えていく——というのは、この記事を書きながら私自身が気づいたことでもあります。
現地調達が進む・止まるの3つの引き金については、現地調達が進むとき・止まるとき|中国の現場で見た3つの引き金に詳しく書いています。
⑤-2 危機のとき売上を決めたのは、顧客の先にいる「客の客」でした
20年のあいだには、外の出来事で売上が大きく動いた年が何度もありました。振り返ると、だいたい4つの型に分かれます。
・型1 外需ショック(貿易摩擦) … 貿易の環境が変わり、輸出向けの需要が減る
・型2 需要の蒸発(コロナの流行) … 市場そのものが止まる
・型3 部材の不足(半導体不足) … 調達が詰まり、作りたくても作れない
・型4 供給の停止(ロックダウン) … 工場そのものを動かせなくなる
ここで観測できたことを、ひとつだけ書いておきます。同じ自社の中でも、お客さまによって影響が真逆になったことがありました。ある年は、ほとんど影響を受けなかったお客さまと、生産が大きく落ちたお客さまが同時に存在しています。
なぜそうなったのか。私は、お客さまの先にいる「客の客」が誰なのかで決まっていたのだと考えています(社外の需要構造を直接見たわけではないので、断定はできません)。自分たちが2次のサプライヤーである以上、売上を決めるのは自分の実力ではなく、2つ先の需要だった、ということになります。
これは、はじめて気づいたときにかなり気が重くなった話でもあります。ただ、分かってからは見る場所が変わりました。自社の受注だけを見ていても、来年は読めないわけです。
⑤-3 それでも、危機のときに順位は入れ替わります
もうひとつ、これは意外だったのですが、危機のときこそ順位が入れ替わりました。
止まりそうな局面で、止めずに供給を続けられた会社は、そのあとお客さまの中での位置が上がります。逆に、同じ危機で止まってしまった会社は、戻ってきたときに席が無くなっていることがあります。危機の年は、平時なら動かないシェアが動く年でもありました。
ですので、危機のときに見ていたのは、自社がどれだけ損をしたかよりも、いま誰が止まっていて、誰が出せているかのほうでした。守りきることだけを考えていると、この場面を逃してしまいます。
4つの型それぞれで実際に何が起きたのか、そのとき何をどう判断したのかは、この記事では要点だけにとどめています。詳しくは中国工場の危機対応|ロックダウンでも止めずに出せた4つの型に書きました。
この章のまとめ
・現地調達が進むか止まるかは、日本側の値上げと日本側の生産で決まる。こちらで握れるのは外注先の納期だけ
・止まったとき、まず「3つのどれで止まっているか」を切り分ける
・危機の型は4つ(外需ショック/需要の蒸発/部材の不足/供給の停止)
・同じ自社でも顧客によって影響が真逆になる。決めていたのは「客の客」だったと考えています
・危機は守るだけの場面ではなく、順位が入れ替わる場面でもある
⑥ フェーズ3|見直し・縮小|縮小は、発表の何年も前から数字に出ていました
ここからフェーズが変わります。運営期の話は「どうすれば良くなるか」でしたが、この章は「良くならない方向に入ったことを、どこで見分けるか」の話です。相談がいちばん多いのも、実はこの段階でした。
⑥-1 兆候1|顧客の生産量が戻らなくなり、打てる手が「投資」だけになる
いちばん早く出るのは、お客さまの生産量でした。しかも、一時的に落ちたかどうかではありません。戻る見込みが立つかどうかです。
生産量が戻らないと、打ち手が順番に消えていきます。地場の競合が力をつけてくると、同じ品質のものをより安く、あるいは同じ値段でより良いものを出してきます。日系の拠点はコストが高くなりますから、対抗するには「コストを上げずに品質を上げる」しかありません。それには設備への投資が要ります。
ところが、その投資が通りません。生産量が戻る見込みの立たない相手に投資判断はできない、ということだったと考えています(判断の内側までは見えないので、断定はできません)。
こうして、打てる手が投資だけになり、その投資が通らなくなった時点で、手が尽きます。
前の章で、シェアの守り方は値下げではなく先回りの提案だった、と書きました。あれができていたのは、手が複数あったからです。選べる手の数が減っていく——これが1つ目の兆候でした。
⑥-2 兆候2|新規は取れているのに、売上が戻らない
2つ目は、いちばん見落としやすいものです。
新規の受注件数は増えていました。営業としては、悪い数字ではありません。ところが、1件あたりの量が小さく、抜けた分を埋められませんでした。
「新規が取れている」は、それだけでは安心材料になりません。件数ではなく、抜けた量に対して埋め戻せている量がどれだけあるかで見る必要がありました。
⑥-3 兆候3|発表される前に、人はもう半分になっている
3つ目は、社内を見れば分かります。
正式に何かが発表されるより前の時点で、実働の人数はすでに、それ以前の半分まで減っていました。 一度に減らしたわけではありません。辞めた人の補充を止める、契約を更新しない、といった形で、少しずつ減っていきます。
だから、気づきにくいのです。その年ごとの増減ではなく、数年前と比べると見えてきます。
⑥-4 兆候4|駐在員を置かなくなった部門から、畳まれていく
4つ目は、組織の形に出ます。
ある時期から、日本人の駐在者を置かない部門が出てきました。出張と遠隔のやり取りに切り替える形です。コスト削減としては自然に見えます。
ただ、あとから振り返ると、駐在員を置かなくなった部門から順に縮小が進んでいきました。 会社がどこに人を置いているかは、その部門をこれからどうするつもりかを、かなり正直に表しています。
この章のまとめ
・兆候1|お客さまの生産量が戻らなくなり、打てる手が「投資」だけになる(そして通らない)
・兆候2|新規は取れているのに、1件あたりが小さく埋め戻せていない
・兆候3|発表より前に、実働の人数はもう半分まで減っている
・兆候4|駐在員を置かなくなった部門から、順に畳まれていく
・どれも、社内にいれば見える材料です。特別な情報は要りません
⑦ フェーズ4|撤退・清算|決まったあとにも、順番があります
最後のフェーズです。全体像だけにとどめますが、ひとつだけ書いておきます。撤退が決まったあとにも、動かせない順番があります。
⑦-1 顧客への調整から始まり、生産の移管、そして人の話へ進みます
決まって最初に動くのは、社内の整理ではありませんでした。お客さまへの調整です。
供給を止めれば、相手の生産が止まります。最終の注文をいつまで受けるのか、在庫をどれだけ持つのか、代わりの調達先をどう用意していただくのか——ここを先に決める必要がありました。積み上げてきた関係があると、正式な発表の前に相談できる場合もあります。
そのあとが生産の移管、そして最後に人の話という順です。この順番は、こちらの都合では動かせませんでした。
⑦-2 移管には数ヶ月かかりますが、受注の停止は前倒しできました
生産の移管には数ヶ月かかります。図面の受け渡しだけでなく、移した先で同じ品質のものが作れるようになるまでを含めるからです。
一方で、新しい注文を受けるのをいつ止めるかは、想定より前倒しできました。動かせない部分(移管の期間)と、こちらで決められる部分(受注を止める時期)を分けると、全体の絵が描きやすくなります。
いずれにしても、決まってから考え始めると間に合いません。 前の章の4つの兆候を先に見ておく意味は、ここにあります。
この章のまとめ/4つのフェーズのおさらい
・フェーズ1|つくる時期。ルールも数字もまだ無い
・フェーズ2|回す時期。5本柱を通しているのは「お願いでは人は動かない」の一点だけ
・フェーズ3|選べる手の数が減っていく時期。兆候は4つ
・フェーズ4|順番の時期。顧客の調整 → 生産の移管 → 人
・フェーズが変われば、効く打ち手も変わります。 まず自分がどこにいるかを決めてください
⑧ 中国ビジネスの実務に関するよくある質問(FAQ)
- QQ1|中国の現地法人は、どのフェーズがいちばん大変ですか?
- A
大変さの種類が違うので比べにくいのですが、運営期は「やり方を変えれば良くなる」問題、見直し・縮小の時期は自分の努力では戻せない問題が増えます。しんどさで言えば後者だと思います。相談がいちばん多いのも、この段階でした。
- QQ2|立ち上げの経験がなくても、現地法人は回せますか?
- A
私自身が受け継いだ側なので、回せると思っています。ただ、引き継いだ拠点が「立ち上がって間もない状態」に近いのか「長く回っている状態」に近いのかは、最初に見ておいたほうがいいです。ルールも数字も無いようなら、まずそこをつくるところからになります。
- QQ3|現地スタッフに仕事を渡すのに、どれくらいかかりますか?
- A
作業によってまったく違いました。3年ほどでほぼゼロになったものもあれば、6年かけて年10時間まで下げている途中のものもあります。最初の1年で1割しか減らなかった作業もあるので、1年で見切らないほうがいいと思います。
- QQ4|数字を出しても現場が動きません。どうすればいいですか?
- A
数字を増やすより、線の引き方を見直すほうが早いかもしれません。どこまで数えるか、誰ごとに出すか、いつ誰の前で出すか。この3つを変えただけで、同じ数字が動き出したことがあります。相手にとって得になる形にできているか、を見てみてください。
- QQ5|自分の会社が縮小するかどうか、発表前に分かりますか?
- A
ある程度は分かると思っています。4つの兆候はどれも社内にいれば見える材料で、特別な情報は要りません。ひとつだけ、単年で見ると気づけません。 数年前と比べてください。

全部を一度にやろうとしなくて大丈夫です。いま自分がいるフェーズの分だけやれば、次のフェーズはそのときに考えられますので🐼

